まちなか再生事業事例紹介


 長野県小布施町(ア・ラ・小布施)
 〜ア・ラ・小布施の取り組み〜

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1) 事業概要および特徴

小布施町商工会地域振興部によって第3セクターまちづくり会社の設立のための勉強会が開催され、そこに参加していた元小布施堂副社長の市村良三氏(現町長)が、企画書を小布施町に提出、承認され、町から100万円の出資を受け入れ、「ア・ラ・小布施」が発足する運びとなった。設立時の出資者は33人、2団体、出資予定総額は330口、合計1650万円でスタートした。

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2) コンセプト、誘致店舗・テナント

30年前の北斎館の開設を契機とし、「栗と北斎と花のまち」の方針を打ち出し、「リンゴ」「栗」「葛飾北斎」「町並み修景」といった「小布施の資源」を核としたまちづくりに取り組んでいる。

ア・ラ・小布施の事業内容としては、1.地域産業に関する商品の企画・立案並びに販売の斡旋、2.各種催事、研修、会議の企画・製作・演出・プロデュース、3.賃貸ビル、賃貸別荘、旅館、ホテル、民宿、ペンション、その他、宿泊施設の経営及び斡旋業、4.スポーツ施設・観光施設等の経営及び管理、5.飲食店、売店、遊戯場等の経営、6.農産保存食料品の製造及び販売、7.和洋雑貨品の販売、8.動産の賃貸業、9.広告・宣伝に関する企画・立案・制作、10.印刷物の企画・発行並びに販売、11.不動産の売買、仲介、賃貸業及び管理業、12.前各号に付帯する一切の事業、となっている。

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3) 事業遂行上のキーパースンとその役割

元小布施堂副社長(現町長)市村良三氏。

市村氏の肝いりで「ア・ラ・小布施」が設立された。「ア・ラ・小布施」は配当しない株式会社で実質NPOとして活動している。また、住民一人一人が景観に配慮したまちづくりを目指し、個々が補助金を貰わず町並みを少しずつ修景してきたため、家そのものが「意識」を発信し、十数年で随分と変わった。

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4) 行政、民間、コミュニティ等のコラボレーションについて

公の施設である「ガイドセンター」の他、喫茶・ホテル・駐車場を経営している。この「ガイドセンター」は、地域の人がそろばん教室、バイオリン教室等に活用する公の施設で、「ア・ラ・小布施」が指定管理者となっている。

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5) 成功の要因

ア・ラ・小布施のメンバーは地域のコミュニティのために活動している、このまちでどうやって生きたいか、何を実現したいのか、との意識がア・ラ・小布施の活動を促している。また、まちづくりを支える「旦那衆・パトロン」がまだ存在していることも大きく、NPO事務局長によれば、高井鴻山の志・精神を受け継いでいる限り大丈夫とのことである。

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6) 苦労した点、課題

7) 権利者調整について

8) 事業性(採算性)確保のための方策

「ア・ラ・小布施」は「ガイドセンター」として土地建物を町から借用しながら運営。町から補助金は受けておらず、ホテルと駐車場を主たる収益源として何とか黒字を計上しており、資金に余裕がある場合は国際音楽祭(1000万かかる)や映画祭・演劇祭等に拠出している。一方でホテルは100年たった納屋と蔵を4000万かけて改造し、4室で年間1000万以上稼いでいる。

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9) 現状の政策支援の評価

10) 新たにどのような政策支援が必要か

11) その他

  1. 小布施の文化
    • 歴史的に、小布施町は、異質のものが入り込むまち、刺激を受けるまちである。葛飾北斎は、高井鴻山という地元の豪商と通じあい、小布施を気に入り4回訪問している。そのため、北斎の最後の号である「卍」を持つ作品が数百点ある。
  2. 地元企業
    • 地場産業である栗菓子の企業数社が切磋琢磨しながらブランドを確立している。
  3. まちの人びとの反応
    • 「小布施を交流のまちにしよう」、「ウェルカムトゥマイガーデン」を合言葉に、個人の庭を開放し、誰が入ってきてもいいようにしている。それは心を開放するオープンマインドの心意気・姿勢を示すものである。小・中学校もオープンガーデンで、学校も瓦と土壁で出来ており門はない。田舎ということだろうが、瓦と土壁と木で作られた日本独特の文化を大事にしようという心意気を示している。

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